FMたまん(76.3MHz)毎週水曜21時から55分間の生放送!
3月15日(土)音市場にて! ザ・ワルツとパーシャクラブのライヴあります!
実は、沖縄が世界に誇るこの2バンドの対バンは初かも。

かつて松山にあったライヴハウス「酔ing」
ロック、フォーク、ブルース、ファンク、ジャズ、沖縄民謡までありとあらゆるジャンル
1カ月間びっしりと、沖縄のトップ・ミュージシャンのライヴでスケジュールが埋まっている箱でした。
ザ・ワルツ、新良幸人withサンデーが中でも人気ツートップ!(この共演は何度もありました。)
どうにかして、俺たちガリンペイロも出演したい! でも酔ingは「学生バンド出演不可」だったんです。
交渉してくれたのは、「六月の雨」のヒットで知られる「究極」のシゲさんでした。
絶対に伸びると思うし、こいつらオリジナル曲しかやらないし、それが面白い!俺が保証するから一度、使ってくれ!
そう言ってくれ、みのるさんがOK出してくれた。 対バンなんて、無いですよ~。
19時あたりから22時ぐらいまでが持ち時間。2ステージをやるバンドが多い中、俺たちは3ステージ
しかも全曲オリジナルで、かぶりは一切ない、恐らく40曲以上やったはず(笑)
席も、勿論 埋めました。 これに、みのるさんがウケたです。
「え~! やった~何曲 持っているのか? 面白いけどヘタだなぁ笑 わったー店で腕磨けよ!」
それで、毎月、入れるようになりました。「無名のバンドのオリジナルなど誰が聴く?」という時代で、カバーバンドの方が多かった。
だけど、酔ingで惹かれる先輩方は、みんなオリジナルでやっていたんです。
酔ingでの幸人さん一合瓶ライヴにも出演しましたね~!
当時は、カメーの曲が5割、俺の曲は3割ぐらいだった。
俺たちがステージに出る寸前に、幸人さんが「え~ や~の曲 こんなのがあるだろ、ちょっと弾いてみ」
俺の曲で、飛び入りしたいからと、酔ingの階段上で練習(笑)
コレ! 俺がミュージシャンとしてちょっとは認めて貰えたのかな?と、思った出来事だったので、今でも鮮明に覚えています。
ホントにみのるさんを筆頭に、オサムさん、ターシーさん、ケンユウさん、酔ingメンバーには可愛がってもらいました。
酔ingは、出演したことのあるミュージシャンからはライヴチャージをとらなかった。
それで俺は、毎日、千円だけ持って入り浸りました。
千円でって(笑) それはチャンプルーか何か、食べ物を一品注文する代金です。
チャージ無料だし、飲み物は・・・
「まさみ、今日はコレ呑めな!」 みのるさんかオサムさんがボトルを呑ませてくれました。
それに大体バンドの先輩方が観客にいてバンバン呑ませていただきました。
ありがとうございます!
そのお陰で、沖縄のトップ・ミュージシャンのライヴを沢山、体感しました。
それが、今でも俺の土台になっています。(一緒に呑んで、おしゃべりも含む全てが)
そして、90年代半ば、酔ingが発起人となって、ワルツ、パーシャの1stアルバムをリリースました。
当時は、というか俺たちがCDを出した時も、インディーズでCDを出すのは滅茶滅茶ハードルが高くて困難だったんですよ。
1998年以降は楽になりましたが。話それました。
とにかく、これは!この2タイトルは衝撃でした!
頑張れば、メジャーデビューじゃなくても、こうやってファンにCDを届けられる!
その最初だったと記憶します。
内容も素晴らしいのですけど、この事実が、俺たち沖縄のバンドマンにどれだけの夢を与えたか!
酔ingに育ててもらった俺らですが、閉店の際は、カメーと2人になっていて、ミチさんが入る前だね。
1年に3回ぐらいしか酔ingに出てなかったので、スタッフも知らない人に入れ替わっていた。
お店に入りきれない人人人、外まで溢れていました。みのるさんに来いと言われて行ったのですが、
受付のスタッフに入れません!と、追い出され中、偶然 みのるさんがそれを発見!
「まさみ!かめー! 来たか!入れ! 席ないからよ、カウンターの中で 仕事も手伝え」 「うぃ~す!」
ガリンペイロ知らないのか?わったー身内ど!と、スタッフに言っているのが聞こえて涙出ちゃった(笑)
こうして 幸人さんとサンデーさんのライヴで幕を閉じたでした。まぁ、手伝うより、呑みっぱなしでしたが。
我が青春時代の沖縄を代表する2タイトル! そして今でも!
時間の許す限り、かけまくります!
今週も宜しくお願いいたします。